住田雅清容疑者。42歳、重度身体障害者この男殺人鬼。
2009年07月17日この作品は2004年、東京の映画祭でプレミア上映され「障がい者に対する偏見や誤解を与える」、「差別を助長する」といった数多くの批判の声に追いやられ日本での配給先が決まらぬまま海外で14カ国、17の映画祭で上映され、多くの話題を生んだ。
そこから飛び火し日本での配給先きが次々に決まり、日本でも多くの人がこの作品を見る事が出来たそうです。
実名で脳性マヒの殺人鬼を演じた住田雅清さんは現在「阪神障害者解放センター」という障害者運動団体で働いており、日々障がい者の自立と差別からの解放を目指し、活動している団体だと紹介されている。
この作品を見終わって、僕の素直な気持ちとしては「苦しかった」です。自分の感覚には差別は無いと思い込んでいたのが、見ながら怖いなという感情が芽生えたんです。勿論、他の役者が殺人鬼を演じたとしても恐怖は感じるでしょうが、住田雅清さん演じる殺人鬼はより恐怖を感じたからです。
僕の中にも、差別や偏見はあると証明されたようなそんな苦しさです。
日々の生活のなかで障がい者と出会う事が殆どないのですが、過去の記憶が思い出されました。それは僕の実家の近所で起きた事件でした。
ある日、父母会から帰って来た親が話しているのを一緒に聞いていたら、妹を毎日車で送る事にしたと言ったんです。理由を尋ねると施設に入院する患者が小学生に悪戯したのが問題となり、学校で説明会が開かれ注意する様にと父母に説明があったそうです。
そんな大げさなと言う僕に対し、親からは「差別はしたくないけど、やっぱり考えてる事が解らないし万が一を考えて」と説明されました。また、その事が切っ掛けとなり、「安心出来ない施設を別の地区へ移せ」と多くの声が地元から上がる様にもなりました。
それは理解出来ない事への恐怖なのか、差別や偏見なのか声を上げた人にしか解らないですが、どちらにしろ差別だと感じたのを覚えています。
映画「おそいひと」では、殺人鬼という極端な表現ではあるが障がい者は健常者と同じで嫌な事もあれば嬉しい事もあり、人間の醜い部分だってある。と訴えるメッセージが受け取れた。それは批判だけでは到底躱す事の出来ない衝撃でした。
辞書を引けば差別や偏見の意味は説明出来ても、現実社会では辞書にだって説明出来ない事があるんだ。
▼柴田剛監督作品

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- Oja2009年07月17日 10:47
- 障がい者はとても純粋で真面目で、心の優しい人が多いんだよぉ^^
でも、大人になってもその純粋さが残ってて、小さい子と遊ぶ感覚が違う形で出てしまうこともあるかもしれない。
決して悪気があってやってることじゃない場合が多いだろうけど、子を守る親の気持ちを察すると「できるだけ遠ざけたい」というその手段は仕方がなかったりするのかもしれないね。
でも彼らにも親がいるし、彼らはカラダの一部に障害があるだけで同じ人間には変わりないし、ちゃんと“心”もある。
だから勝手な先入観や周りの情報に流されて、自分の目で確かめない人達が偏見を作り出すのはやめて欲しいよねぇ*^^*
この映画、ちょっと怖そうだけど観てみます! - ogidou2009年07月18日 14:37
- Ojaさん
コメントありがとうございます。
そうですよね。その施設にはひとりめの母親が勤めてた頃があり、幼稚園から小学1年頃までひとりで通ってたんですよ。でも、問題は無かったんですよね。
ひとりで来るなとは怒られたけど(笑)
偏見と言う意味では「障害者」「障がい者」ってのを気にするのもおかしい気がするのは僕だけですかね。それこそ意識しすぎではと。。。 - Oja2009年07月19日 20:05
- その違いは、単に差別的用語や表現を無くす為の配慮かと思うよ^^;
自分達にはちょっとしたことでも、人によってはそれが大きなことだったりするからね^^! - ogidou2009年07月19日 21:21
- Ojaさん
コメントありがとう!僕個人の意見としては個人の配慮で使い分けて良い事だろうと強く思ってて、どちらか一方に訂正するだけで悩んでる人が開放されるなら訂正すべきだとは思います。
この映画であえて殺人鬼として描いた所が、本当に極端な伝え方だけど「誰だって同じ人間」だというメッセージが自分にとって納得出来たんです。
個人の考えを優先するからこそ、この映画を嫌う人も居るんでしょうね。
柴田剛監督作品映画『


